てぃーだブログ › 根岸冬生・南の島の幻住庵記

2012年01月29日

宮里そばでソーキそば。

午前中、行かなければならないところがあって
バスで外出。
帰り、バスターミナルから我が家まで
いまは背骨が危ないので歩くのは嫌だな。
結局、タクシーに頼るしかないだろう。

その前に、実は、家の洗剤が切れていたので
どこかで買わなければならない。
サンエーに行きたいけど
サンエーからだとタクシー代かかるしなと思って
かねひでの前でバスを降りる。
洗剤とお昼用に軽く仕込んで店を出る。
ふと、思い直してすぐ隣の宮里そばに。
馬鹿だな、オレ。そば食うんだったら
お昼仕込まなくていいじゃん。

さて、その宮里そばは、お昼前なのに満席。
まあ、滞在中、一度ぐらいはそばもいいかと思い
ソーキそば500円也。これだぁ。



う~~ん、最近、沖縄そばに感動がないなあ。
最後の頃に飽きちゃうんだよな。
食べる量が減ってきたせいかな。
おいしいんだけどね。
ここは一応、名護一番の名店である。

今日の最大の成果は約一時間ぐらい、日光浴をしたこと。
がんばれ!ビタミンE!
行き返り、バスに乗るとき
両方とも30分くらい待たされたんだよ。


すみません。皆さんにコメント返しをしようと思ったら
禁止用語が入っているという訳のわからないせりふで
てぃだブログが拒んでいます。
もう少しお待ちください。
  

Posted by 根岸冬生 at 12:59Comments(0)TrackBack(0)帰沖日記

2012年01月28日

沖縄と言えば山羊、山羊と言えばさかえ、さかえと言えば尚美ちゃん


午後の仕事を一つこなし
その足で羽田へ。
久々に長旅の草鞋を脱ぐ気分だ。ニコニコ
しかし、幻住庵に着く前に寄るところがある。ヒミツ

沖縄と言えば、やはり山羊汁であろう。
2000年、家内が亡くなってから
年に二回の僕の沖縄通いが始まった。ガ-ン
そして那覇の「さかえ」は
僕が沖縄に行くたびに通った山羊汁屋だし、
沖縄に住むようになってからは
本土に出張するたびに通った店なのだ。
この店に帰ってくると僕はホッとしちゃう。ピース

噂の山羊汁はこれだよ。



ちなみに店構えはかなりディープだ。びっくり!
(店の中もそれはそれでディープなのだ)
(もっとも山羊自体かなりディープな食い物である)

通い始めた頃はお母さんが一人でやっていたのだが
今は娘の尚美ちゃんと二人で頑張っている。
尚美ちゃんは僕と同じ年齢なので話が合う。
けっこう、楽しく掛け合い漫才をやらせてもらってる。

最近、加齢だの骨折だのさんざんだったからな。
骨休めだけではなく滋養強壮も必要だ。

この店で、我がロバート・デニーロと待ち合わせ。
まあ、どうということではない。
タクシードライバーよろしく送ってもらうんだよ。



と、ここまで書いたのは昨日だ。
お出かけするので更新が滞ると思って
予定稿を準備していたのだ。
あとはここに山羊汁と山羊刺しと尚美ちゃんとさかえの店構えを
写真で撮れば簡単にUPできるではないか。
ところが世の中そんなに甘くない。
なんと相変わらずさかえは満席。
デニーロ氏はまもなくやってくる。
しかたない。ともかく名護に行くしかなかろう。
今までの記事はすべて架空の話になってしまった。
任せなさい。名護には名護の山羊汁屋だ。
オリオンビール前。ひんぷん山羊料理屋だ。
ちょうど名護はさくら祭りでにぎわっていた。

ではのせるぞ。これだぁ。



お刺身は皮付き。



お汁は那覇より、かなりディープだよ。



そしてこれが兵どもが夢の跡だ。

この店、三年ぶりぐらいだったが、おばあが覚えていてくれて
歓迎してくれた。お祭りと50周年で半額だと。


  

Posted by 根岸冬生 at 23:31Comments(8)TrackBack(0)僕の人生

2012年01月28日

電車の中にも思わぬ発見は転がっているものなのだ

僕は池上線に乗るのが好きだ。
なぜ好きかと言えば
日能研の広告が貼られているからだ。
それいはいろいろな中学入試の問題なのだが
時々それは数学の問題だったり
生物の問題だったりする。
今、載っているのは国語の問題。

やがて更新されてしまうだろうから
期間限定の問題だろう。


http://www.nichinoken.co.jp/column/shikakumaru/2011/1202_ko.html

「中学生からの哲学「超」入門」からの出題。
昨年の日本大学豊山女子中学の問題だ。
けっこう、納得の出題。

お互いが批評し合えるというのは
自己ルールの交換であるという趣旨だ。
自分独自の価値観が人と意見を交換しあうことで
自分の認識の偏りを知るというのだ。
なるほどではないか。

人間はともすると自分の思想(自分のルール)に固執し絶対視する。
しかし、客観的に絶対なルールなどないので
批評し合うことによって
自己客観視が出来るというのだ。

自分と違う意見をはじくのは簡単だ。
しかし、それは自分の許容量が少ないということであり
多様性を受容できないというのは
逆に空気に支配される原因の一つにもなる。
右向け右という一律型統制の空気だ。
現代の学校にはびこるいじめなどの問題も
こんなところに起因しているのかもしれない。

僕は、案外、自分にないルールを持っている人間と付き合うのは好きだ。
新たな発見があるからだ。
もう一つは流儀としては合わない人間の
思想なり人格の形成過程を知ることで案外、理解が出来るものだ。
考え方が違うというだけで敵対するのでは
戦争なんか簡単にはなくならないものな。
やはり互いを批評できる土壌があって初めて
理解への道が開けるのではないかな。

とってもためになったので
つい注文してしまった。



中学生からの哲学「超」入門―自分の意志を持つということ
(ちくまプリマー新書)
竹田 青嗣 (著)

今回の沖縄では全方位的にいろいろな考えの人たちと会うことになる。

  

Posted by 根岸冬生 at 00:07Comments(4)TrackBack(0)僕の人生

2012年01月27日

ガンバレ、ガンバレ、ダルビッシュ!



ダルビッシュの記者会見は考えさせられた。

大リーグに行きたいわけではない。
でも、大リーグを選択した自分の理由として
「モチベーションを保つのが難しかった」。

つまり、日本のチームが自分との対戦を前に怖気づいたりして
真正面の勝負になっていないことへの不満。
自身のブログでも「戦えなくなった」と。

例えば、金田VS長島、野茂VS清原、打者と投手は意地をかけて
真向勝負した。
しかし、今のダルビッシュには真剣勝負に値する打者がいないのだという。

もう一つ、「アメリカで日本の野球が下に見られるのは嫌だ」。
野茂とイチロー、やや松井。彼らはアメリカ人の度胆を抜いた。
日本の野球恐るべし。
その結果、期待値が上り契約金や年俸が異常値を示す。
そのブームに便乗し、多くの日本人が海を渡ったが
結局は、先人の遺産を食いつぶしただけだ。

もはや期待外れの日本人プレーヤーには信頼すらない。
ダルビッシュにはそれが気に入らなかったのだろう。
この点には大いに期待したい。
野茂やイチローがアメリカで作った日本人プレイヤーの記録と記憶。
これを超えるものをダルビッシュには期待しちゃうな。

第一、こいつは男らしい。
サムライとは違うが、
真の実力を確信する者のドスの効いた言葉がカックイイではないか。
  

Posted by 根岸冬生 at 00:07Comments(6)TrackBack(0)僕の文化

2012年01月26日

弁当を作るのも面倒くさくなった。



久しぶりにお弁当を作る。
ミックスベジタブルと白す干しで作ったひじきご飯。
炊きこみではなくで和えた。
小松菜はおひたしで。
もやしはちょっと好きな豆もやしで
肉もやし炒め。

何かが失敗した。
まずひじき、味がこすぎた。
原因は卵かけご飯用の醤油を使ったこと。
次にもやし炒めで塩胡椒が効き過ぎた。
最後は胡椒で全体が支配されてしまった。

何だか、弁当づくりも熱が入りませんな。

いよいよ沖縄行きが近づいてまいりましたぞ。
今回は御籠りです。
  

Posted by 根岸冬生 at 12:43Comments(4)TrackBack(0)僕の食卓

2012年01月25日

僕の大好きな万豚記(ワンツーチー)、気分はOld China

きょうは東京・小平の津田塾大学に行く。
もっとも僕が堂々とキャンパスを歩くのは気が引ける。
なんたって、女子大だからな。
そこで若い女の子を連れていって
前々から依頼していた津田塾の学生さんと合流。
うちの若い女性に何と何と何を写真にとってきてと
全部依頼し、二人を送りだす。
厄介な仕事だ。

で、二人を待つ間の二時間半。
僕はあたりをプラプラするのだ。
この界隈は昔の我が家からそう遠くないエリア。
ハンドルをにぎりながら
きょうは万豚記にしようと心に決める。
ここだあ。



本当は激辛の麺類を希望していたが
これがうまそうじゃん。





しかし、鳥、豚、牛スジ、モツって何でも入れちゃうんだね。
この店のOld Chinaな感じが僕は好きなのだ。
おまけに餃子も付けちゃおう。
一番大きいサイズの奴、2つ。
これだぁ





万豚記はあちこちあるのだが
店によって全然違う感じがするのだ。
僕は青梅街道沿いのこの店が好きです。
  

Posted by 根岸冬生 at 17:23Comments(6)TrackBack(0)

2012年01月25日

僕の不安

今の僕の不安。

①俺は死んだあと失笑をかわないだろうか。

二年前、某オフ会で会場の座席が狭く
瞬間、みんな言葉を失った。
僕が座席にハマっちゃうのではないかと思ったのだ。
それは時々ぶりっかえされて
某落合画伯や某ちびた師匠のブログネタに出てくるのだが
当の本人は笑えないところがある。
例えばだ。僕の体は死んだあとゆったりと棺桶に入るだろうか。
よしんば入ったとしても幻住庵は地上三階である。
誰が担いで階段を下りてくるのだろうか。
必ず誰か言うだろうな。「窮屈そうな棺桶だな」
必ず誰か言うだろうな。「重いんだよ。こいつ」
途中で落とされたら、笑いをこらえなくていいのは死者だけだ。
しかし、血の気の引いた遺体の頬が赤く染まるかも知れぬ。

②コケるリスクよりもコケた後のリスク。

昨日、僕はまた歌を唄った。
1月20日に歌ったあの歌だ。

http://fuyumi.ti-da.net/e3778836.html

歌詞はこれだ。
♪赤恐いよ、恐いよ、うあ~ああああ♪赤
理由はこれだ。



これは夜。朝はこれ。



良かったね。雪溶けて。というたらあかん。
路面凍ってツンツルテンだ。
雪道でコケるリスクは今も昔も変わらない。
しかし、コケた後のリスクは断然、いまが危ないのだ。
簡単に折れちゃいそうな気がするよ。
そうして老人のようにそろそろと歩く。
♪赤恐いよ、恐いよ、うあ~ああああ♪赤

③瘦せなさい、運動しなさい、栄養取りなさい。無茶や

瘦せなあかんことぐらいぐらいわかるよ。
もう、25年も言われていることだ。
でも、医者に栄養バランスのためにダイエットをやめよと言われている。
栄養バランスが崩れるので食事はしっかりとりなさいとな。
じゃあ、どうすればいいのさ。
運動に決ってるだろ。
でも、だめじゃん。少し無理したら折れちゃうんだぞ、骨。
さあ、困ったものだ。

④僕の「ハッピーフライト」。大丈夫なの?背骨。

うっふっふ。とったぞ。チケット。
今週末、沖縄行き。
本当はスケジュール調整以上にのっぴきならない事情が発生し
今回は何が何でも帰らねばならぬということになってしまった。
緊急会議だ。
そりゃあ、うれしいさ。しかし、だ。
思い出すのは一か月前、成田に着いた時のあの衝撃。
ウギャァグッギ~~と唸ったあの痛み。
僕の中で飛行機の着陸時の衝撃は心に深く傷を残したのさ。
恐いよ~~。
でも僕は帰らねばならぬのだ。

⑤年をとると被害妄想になるというのは本当だ。

僕はけっこう周りに気を使っている。
例えば、俺。加齢臭は大丈夫か。
例えば、俺。何気なくこいた屁で若い女の子に軽蔑されていないか。
例えば、俺。デスクの近くにゴミ箱を置かれているのは
粗大ごみに関する何かの揶揄ではないのか。
例えば、俺。孤独死して、それでもみんな無関心で
発見されるのに一週間はかかるのではないか。
  

Posted by 根岸冬生 at 00:07Comments(4)TrackBack(0)僕の人生

2012年01月24日

僕の幸せ

今の僕の幸せ。

①朝、起きたとき、寝相の悪いことを自覚する瞬間。

一ヶ月前、僕は寝返りが打てなかったんだ。
寝返りを打つだけで
ぐっがぁ~~!と唸っていた。
不自由を経験すると小さな幸せに満足できるんだな。

②おいしい蕎麦にめぐり合えたとき。

誰でも想像するとおり、昔は、ガッツリ系の男だったのだ。
ステーキは一ポンド。
ラーメン二郎は大W辛めニンニク野菜。
しかし、量に幸福を感じなくなった今
食後の清涼感が大切なのだ。
こだわり蕎麦屋の盛り・大は限りなく1000円に近づく。
そんな金額、昔は財布が拒否したものだ。
しかし、そんな蕎麦のために出費できる自分。
歳なんだなあと思いつつ、少し幸せ。

③寝つきがよくなってきた。眠れるということは幸せだ。

50歳になる前、多くの人がそうであるように
僕は眠れなかった。睡眠不足は血圧を上げる。
起きている間だってつらいのだ。
しかし、どういうわけだか、この一、二年、寝つきがいいのだ。
兄貴とツインで泊まると「高いびきをかきやがって」と文句を言われるほどだ。
まあ、高いびきは危ない面もあるが
眠れぬよりはよかろう。
難をいえば、夜中に一度起きること。
これだって楽天的に考えれば
もう一回眠れる幸せがあるということだ。
一晩で二度うれしいではないか。

④時々、一人で食べるチョコをコーティングしたアイス。

もう何年もお菓子なるものを自分で買ったことがなかった。
好んで食べなかったからな。
しかし、これも歳のせいかねえ。
僕の冷凍庫には秘密のおやつが入っている。
チョコをコーティングしたアイスクリームだ。
これを夜、こっそり食べるのだ。
一人だからこっそり食べなくてもいいのだが
どういうわけか習性でこっそりになってしまう。

⑤日々、読んでいる本に心が洗われる瞬間。

今、手がけているのは子供用偉人伝シリーズ。
もうじき、津田梅子が終わる。
明治の教育者といえば、福沢諭吉だが
明治以降の女性の人生を劇的に変えたのはこの人だ。
単なる男女同権の主張ではではない。
教育をしっかりと受ければ
女性だって社会の中でしっかりとした仕事ができるようになる。
女性にはその能力がある。
彼女自身は一生独身で犠牲にしたものも多かったろうけど
国費留学の恩恵を国に返さねばと
女子教育に一生をかけた女性。
女性が男性の所有物でなくなったのはこの人のおかげだ。

⑥秘密計画をこっそり練る深夜の時間。

だいたい、人間、よらぬことを考えるのは深夜だ。
僕は深夜になるとマブイ(魂)が勝手に出かけていく。
そのマブイはパスポートを持っているのだよ。
原則、アジアな男の僕も
最近はヨーロッパを夢見る。
去年は特に、兄上様と出かけた上海を棒に振ったからな。
柄にもなく、パスタの国を目指しているのだ。
うふふ。ブログ上だけの秘密だよ。これは。

⑦所詮、俺は俺、と開き直れた瞬間。

職場で、図太い男と思われている。
まあ、体型からしてもそれは仕方ないことなのだが
本当の僕は小心者で自分に自信がなく
時として過度に繊細でビビリである。
思えば損な性格なのだ。
時々、すべてを放り出したくなることもないではないが
結局、俺は俺。俺以上でもなければ俺以下でもない。
俺以外の人間にはなれないよと腹をくくる。
その覚悟がどれぐらい続くかは別にして
その瞬間だけ、重い荷物を少し降ろした気分になる。

  

Posted by 根岸冬生 at 00:07Comments(4)TrackBack(0)僕の人生

2012年01月23日

ALWAYSを見て考えたこと



きょうは休み。
久しぶりに味わったな、朝の寝床のぬくもり。
布団の外は冬。いつもならそれでも起きなくちゃ。
お仕事に行かなきゃいけないからね。
しかし、きょうは時間無制限ぬくもり勝負。

あ~~~極楽極楽。
このまま何時間でも寝ていたいところだ。

まさかそうもいかないので8:00に起床。

今日は何をやるか迷ったが
何年ぶりかで劇場に行ってみることにした。
品プリだぞ。
僕の中にある「ALWAYS」ブームに
なにがしかの答えがほしかったのだ。
戸惑ったのは3Dなるものが初めてだったこと。



東京タワーのてっぺんが目の前に来たよ。



降る雪や 明治は 遠くなりにけり

昭和6年、中村草田男の句である。
明治というのはよき時代だったのだと思う。
もちろん途上の文化である。
社会の理不尽や課題は山ほどあったのだろう。
しかし、「坂の上の雲」という言葉に象徴されるように
鎖国によって世界から取り残され
激動の渦の中に飲み込まれた日本が
それでも荒波の中で舵を切り
ヨーロッパに負けない国づくりを目指していたのだ。
しかし、それに比べて昭和は暗い。
坂の上の雲を目指しているつもりが
いつの間にか金斗雲に乗っている孫悟空になり
慢心からくる外交音痴が輪をかけ
いつの間にか世界から取り残されていったことにも気づかない。
そして、戦争。

戦争で東京は焼け野原になった。
100万人が被災、被災家屋は30万、10万人が焼死した。
当然、東京は焼け野原だ。
映画の中でお父さんが
「ここら辺はみんな焼け野原だったんだぞ」という。

結局、昭和というのは再びどん底から
坂の上の雲を目指した時代だったのではないだろうか。
貧乏で惨めな時代の中から
高度経済成長を果たし
世界有数の大国に再びなった。
20年代は焼け野原にぺんぺん草が生えてきた時代。
30年代はようやくそこにすくっとたち
とぼとぼと歩き始めた時代だったのだ。
南極観測船だって
生意気な日本にあてがわれたのは接岸不能な場所。
馬鹿にしてる。でも、日本の意気を見せてやると成功させた。
世界一の電波塔を立てた。
一番でなきゃだめなんですか。
そんなことを考える人はいなかった。
俺たちだってやればできる。そう思ったからだ。

しかし、ALWAYSが映画として成功したというのなら
僕らは再び、あの中村草田男の
明治は遠くなりにけり
という時代に入ってしまったということではないだろうか。

僕らは坂の上の雲の先の道を見失った。
いや、見失ったのではない。
そもそも今まで経験がなかった道なのだ。

そういう意味では文明の行く先として僕らは今
何を考えなければならないのか。
一部には下山の思想というのがあるそうだ。
別に坂の上の雲を目指さなくていい。
降りてきたっていいじゃないか。

そう考えないことがないわけではない。
しかし、心のどこかで僕はそれを良しとしない。

昭和の延長線上に繁栄を求めるのでもない。
21世紀の坂の上の雲を僕は目指したいのだ。
果てしない向上を目指していた時代が幸せであったならば……。

以前、ブータンについて書いた。
国民幸福度が世界で一位の国だ。
しかし、僕は日本がブータンのようになってほしいなんて思ったことはない。

文明の発展を是とする考え方を僕は捨てない。
むしろ、どの国も作れなかったような新しい幸福の形を
全世界がそれを理想とするような幸福の形をつくるのが
21世紀の日本の進む未来だと考えるのだ。

大上段の言いようになってしまったが
もしかしたらボコボコに反論されるかもしれないね。
遠慮なくコメントください。

  

Posted by 根岸冬生 at 19:33Comments(4)TrackBack(0)僕の文化

2012年01月22日

名護名護名護名護、名護~~~~~ぉ!

きょうも僕は御大尽。
タクシーで通勤。道路が凍って危ないのだ。
実は今年に入って朝だけは七割がたタクシーだった。
御大尽だろ。ニコニコ
理由は一言。しんどかったからさ。ガ-ン
帰りは地下鉄を使うけど
朝は体がまだなれていないので。
家から職場まで歩ける距離ではあるのだが
890円の自己防衛だ。
おかげさまで今は朝も地下鉄使っている。ムカッ


さあ、きょうのお料理。見映えは前回と変わらないよ。



入っているのはレンコン、大根、大根菜っ葉、ニンジン、
エリンギ、鳥軟骨肉付き、こんにゃく、里芋。
前回と違うのは鳥軟骨と
隠しアイテムに必殺煮干し粉を入れた。ヒミツ
カルシウムたっぷりだ。

このあと、二日目以降ちじれホウレン草と枝豆が追加投入される予定。
しばらくはこれをいただきます。
野菜はたっぷりとらないけんよ。

仕事は遅れ気味。ますます来週末に食い込む。ぐすん
ああ、僕、帰れるのかしらん。うわーん
  

Posted by 根岸冬生 at 00:07Comments(18)TrackBack(0)僕の仕事

2012年01月21日

また見てしまったぞ。ALWAYS続・三丁目の夕日。

また見てしまったぞ。
ALWAYS続・三丁目の夕日。ニコニコ



続編は少し飽きるな。ヒミツ

期待は三丁目の夕日'64かな。
1964年といえば東京オリンピックなのだ。
高速道路も新幹線も東京オリンピック仕様なんだぜ。
ここら辺は北京やソウルと同じだ。
ボロボロの日本の復興の威信をかけて
頑張ったのだ。
元祖なでしこの東洋の魔女。
ツムラヤ、頑張れ。
ヘーシンク、お前デカ過ぎ!
日本の金メダルはアメリカ、ソ連に続いて
3位だったんだじぇい。
ここら辺は「南極大陸」とスピリッツが一緒だな。

オリンピック、日本に来ないかな。
反対意見はあろうが……
いっそのこと、沖縄でどうね。
  

Posted by 根岸冬生 at 00:41Comments(4)TrackBack(0)僕の文化

2012年01月20日

寒いよ、寒いよ、うあ~ああああ「ぼくがつくった愛のうた」で

♪赤寒いよ、寒いよ、うあ~ああああ♪赤

こんな歌を口ずさんで僕は歩く。



元歌はチューリップの
「ぼくがつくった愛のうた(いとしのEmily)」。




冒頭の

♪赤Lovely Emily Woo La La La La La ♪赤

という歌詞の部分。

なんでそれがこうなるのか、自分でもよく分からないのだが

♪赤寒いよ、寒いよ、うあ~ああああ♪赤

こう歌うと優しいお姉さんが「よしよし」と言ってくれそうでニコニコ
少し口癖化している。ただ、慰められたことはまだない。

ああ、ごめんなさい。何が言いたいのかというと
「きょうは寒かった」ということだ。がーん
本当に寒かった。なんてったって初雪だったんだよ。

年寄りにはことさら寒さが骨に沁みるのだ。
むずむずする違和感と鈍痛。まだ完治とは言いがたい。

こういうときはコーレグースたっぷりかけて
あつあつのテビチそばを食べるのだ。
それからベランダで太陽を見上げ
眉間にしわを寄せ「ああ、太陽がいっぱいだ」と言うのだ。
えっと、それから、気が向けば三升甕をこっそり開けて
43度「万座」のたっぷり寝かせた古酒を杓で救い
ペロペロとなめてみるのもいいではないか。
もし許されるのならデルフィン・アリーナまで乗り込んで
怪人ハブ男の天敵、ミル・マングースのために
声を張り上げて応援するのもいいではないか。
だんだん沖縄への執着が募ってきたぞ。
最後にもう一回、おまじないしとこ。

帰れますように。
帰れますように。
来週帰れますように。



ついでに、きょうも懐かしい我が家の一枚を
サービスで載せたろ



きょうも意味のない独り言になっちまったわい。
  

Posted by 根岸冬生 at 18:00Comments(6)TrackBack(0)僕の文化

2012年01月20日

骨はくっついたかな?背は低くなったぞ。

圧迫骨折の治癒状況をご報告です。

一番ひどい時はどんなだったかと言うと
ベッドに座った状態から
体を傾けるだけで痛みのために全身が硬直した。ぐすん
横になった時には口からは大きめのうめき声に
呼吸は全身硬直で止まる。びっくり!
息ができない、やばい、と気づいて
体の硬直を一つずつ解いていく。うわーん
理性的に力を抜くのだ。
そしてようやく元の状態に戻り息をつく。

今はどうかというと
違和感と鈍痛は残るが、横になることにためらいはない。ピース
最初は左手が下の横向きにしかなれなかったが
ようやく寝ている間に自然に仰向けが出来るようになり
きょうは初めて寝ている間に右手が下の横向きになれた。
うふふ。幸せだよ。自由に寝返りがうてるって。ニコニコ
なんせ、寝返りさえ出来れば
寝ている間にうっ血しない。
筋肉や筋が凝らない。
まだ完治とは言わないが着実に治りつつあるますね。ヒミツ
悲しいのは上下の寸が縮んだ分
腹回りが膨らんだことですね。ええ、そんな気がするだけかもしれません。

ご心配をおかけしました。
もともと大げさな男ですが
今回は大げさでもなんでもなく
死ぬかと思いました。ガ-ン
結石のときよりも危機感はあったな。


さて、もう三か月も帰っていない沖縄。ムキー
来週の問題は締め切りが迫っていることだ。
でも、来週帰れないと来月はもっと帰れない。
上海行かなきゃ行けないしな。
そうしたら3月か。5か月帰らないというのは最長不倒距離だな。
帰れますように。
帰れますように。
来週帰れますように。

サービスに幻住庵の写真、載せたろ。



  

Posted by 根岸冬生 at 00:07Comments(6)TrackBack(0)僕の人生

2012年01月19日

週末沖縄行き断念。くっそう!

ここ一週間ぐらい画策していた今週末の沖縄行き
悲しいかな、断念だ。
仕事が食い込んでくる可能性が出てきた。
残念なのだ。くっそうなのだ。
せっかくチャンスだったのに。
僕には転地療法が必要なのだ。
太陽の光を燦燦と浴びないと
カルシウムができないからな。
まあ、諦めるしかあるマイ。
次のチャンスは、来週末だ。
ただし、来週末というのは今週末以上に難しい。
これを逃すと3月になっちゃうよ。





さて、話は変ってきょうのランチなのである。




この芋煮でもないけんちんでもない
ごちゃ混ぜ鍋は日曜日の朝、作ったものである。
それでもってそこに入っているうどんは一昨日
月曜日の夜に入れたものである。
ちなみに鍋用の地粉系のうどんだよ。

いよいよ早く食べないとと思い
水曜日のお弁当にビニール袋に詰めて持ってきて
職場のレンジで温めたところだ。

ところで、ほうとうで有名な甲斐の国では
頑固そうな甲州人の親父が真顔でこんなことを言う。
「ほうとうは一晩経ったもののほうが美味いんだよ」
そんなことを言われても
「はぁ、そうですか」と答えるしかない。
実際に美味いかどうかは人の好みだろう。
こっちは好きでやっているのではなく
手間省きでやっているだけのことだからな。
うふふ。それでも手間省きでやっていても
この味は嫌いではないというのが本音だ。

  

Posted by 根岸冬生 at 00:07Comments(8)TrackBack(0)帰沖日記

2012年01月18日

ひどいよ。多重人格政権。嘘しか言わない狼少年政党。

政治を語ると読者は引く。
読者のために語らないでおこうと思うが
やはり黙っていてはいけないと思うので
いっちゃおう。
すぐ、次の記事をアップするからね。


僕にはどうしてもわからぬことがある。
一国の総理が年頭の会見で
「今年は税金をあげてやる。
絶対、絶対、絶対、絶対あげてやる」
という趣旨のことを言ったのだ。
これは異常な発言である。
例えば、アメリカ人がこれを聞いたらどう思うかだ。
絶対に、「信じらんな~~~い」
と言うに決っている(言わなかったらすまん)。
オバマの健康保健改革の政策は大ブーイングだった。
アメリカ人は基本的に政府を信用していない。
福利公正やバラマキ政策の甘言に対しては、
その埋め合せに税金を上げる気だろうと必ず思うからだ。
税金の高い国は悪だという考え方があるからね。

しかし、日本人はお上に弱い。
お上がそう言うなら、税金を上げても仕方ないのでは
と思っちゃうのだ。
おまけにお金をばら蒔いてくれる政治はいい政治と思ってしまう。
あの時、多くの人が警告したぞ。
バラマキ政策のツケは大増税だ、と。
でも子供手当につられてだまされた。
だまされ安い国民性である。

きょうは論点を整理して
何故僕が反対しているのかを話そう。
まず一点。今、税金を上げることはよくないことだ。
日本経済が低迷して税収が下がっている。
江戸時代的に分かりやすく言うと

凶作でコメがとれない。
その結果、収穫が減って年貢が納められない。
その結果、全体の税収が減った。
困った代官は税収を増やすために年貢の徴集を増やした。
ただでさえ、飯が食えない農民の年貢を増やした結果
病気で働けない人が増え
餓死者が出て収穫が落ち、
納める年貢はさらに減ってしまった。

というこういう話だ。
凶作の時に年貢を上げるのは
一言で言って
悪代官である。
松下政経塾出身の総理。
松下幸之助は無税国家論を語る人だ。
師匠のいうことを全然学ばない人だな、こいつは。

次に、消費税を上げて税収が伸びたことはない。
一次的には増えるだろう。だけど、すぐ消費が縮こまり
全体の税収が減ってしまう。
これは過去の消費税増税の結果、分っていることだ。
つまり、我々の税金はムダになるということだ。

三つめ。税金を納める側の努力は水の泡。
消費者にやすく商品を提供するために庶民はどれだけ苦労をしているか。
身を削るように値引きをしても
消費税は身を削った値引きをお上が持って行くようなものだ。
消費税が上るということは
消費者からすれば商品の値上げと同じなのだ。
それは何でもあこぎだろう。

最後にゆうとくが
オタクらのマニフェストに何て書いてあるか
もう一度見てくれ。
例えば、鳩は「最低でも県外」という出来もしないことをエサに
沖縄県民を騙し、票を奪い取った詐欺泥棒野郎だ。
嘘つきだったのである。

まあ、嘘つきだから、これも常套手段なのだろうが
消費税を上げないというマニフェスト違反を公約にして選ばれた総理なのだ。
ありえないでしょ。日本の歴史上、最低最悪の政府だぞ。



ブログで政治を語るのは勇気がいるが
一応、言っておこう。
池上彰に迫る分かりやすさだっただろ。

間違っても、増税は仕方がないなんていう無責任な発言は
世の評論家たちよ、しないで下さい。
するならするでその効果に対して責任を取ってくださいね。

  

Posted by 根岸冬生 at 19:00Comments(8)TrackBack(0)論壇

2012年01月18日

もう若くないさと君に言い訳したね



年齢のギャップを感じる瞬間がある。
もう昔の僕とは違う。
自己イメージは過去に通り過ぎて
現実は先をゆき意識だけが置き去りにされていくのだ。
少し腹が減ったんだよ。
たまにはしっかり食ってみるかという誘惑は
あったっていいじゃないか。

いま東京の流行りは製麺所が
ラーメン屋をやるのだ。
しかも、麺の旨さに自信があるし
コストも安く抑えられるので
つけ麺屋に転身するわけだ。
こういう店では麺のコストが安いので
普通盛も大盛も同じ値段なのだ。

ましてやこの店は油そばも売っている。
油そばとは日本独自のネーミングだと思うが
前から述べているように中華文化では
汁なし麺、和えそばはメジャーだ。

で、食べたよ。油そば大盛700円。
で、美味かったさ。とっても。
昨年の中国のリベンジをした感じもあったし。
しかし、だ。
たったこれだけの食事で、
なんで腹いっぱいになっちゃうのか。
しかも、幸福感の先の胃もたれが何ともつらい。
僕はもう「大盛」という言葉と一緒に
人生を歩いていけないのか。
唯一、大盛に耐えられるのは盛り蕎麦だけだ。

う~~む、悲しいな。

  

Posted by 根岸冬生 at 07:45Comments(6)TrackBack(0)僕の食卓

2012年01月17日

遙かなる宇宙の太陽系第三惑星に暮らして・・・・・・

社会人になった1983年秋、三宅島が噴火した。
真黒な表面の割れ目からまっかな輝きを揺らす溶岩流が見えた。
25歳、自然災害の凄まじさを人生で初めて味わった。

1995年、いまから17年前のきょう、日本で一番お洒落な街が廃墟になった。
夜が開けて朝の日差しのなかに浮かび上がった街は
木端微塵になった家の残骸であふれていた。
阪神・淡路大震災――高速道路の倒壊、横倒しになって道を塞ぐビル、
火災で広域に焼け野原になった商店街。

そして、2011年3月11日――残骸すら残らないような壊滅的事態に
僕の国は襲われた。

10数年に一度、僕のまわりにはとんでもない災害が起きてきた。
生きているうちにもう一度あるとすれば今度は何か。

中国の覇権主義に屈し、アメリカに見捨てられ
韓国、台湾ともども属国として飲み込まれる国際紛争か。

経済破綻はユーロが火薬庫だが
その影響で全世界恐慌となり、
余波を受けて全世界恐慌から日本の経済破綻か。

もしかしたら、小惑星の衝突とか
地球外生命との遭遇といった宇宙規模のものかもしれぬ。
さもなくば日本沈没か。

僕のわずかな人生の中だけでも
災害の規模と被害はエスカレートしている。
その次にもう何が起こっても驚かないと思いつつ
次にはそれ以上のことが起こってきた。
僕は少し不安も感じながら
やがて来る未来に耳をそばだてる。
来月僕は54歳になるのだ。





昨日のお弁当です。

  

Posted by 根岸冬生 at 14:11Comments(2)TrackBack(0)僕の人生

2012年01月16日

これで生きていける。今週も。ふ~~~

ここのところ外食が続いたから
休みの日にお料理。
れんこん、大根、大根菜っぱ、エリンギ、シメジ、ニンジン
ゴボウ、豚肉、茹で卵鍋一杯入れまくって煮る。
卵は賞味期限が迫っていたので茹で卵から煮玉子に。
家にある一番大きな鍋で。



きょうはこれで二杯。
明日はこれに白菜を入れて二杯。
明後日はうどんを入れて二杯。
二杯というのは二食のことです。
何日も温め直すので味噌より醤油がよかろう。
二日目に鶏肉を追加。

これで、三日間は持つだろう。
上手くいけば四日。
最初はご飯にいつもの白す干しを添えて。



二日目は炭水化物なしの汁だけ。

宮古島で買った特大唐辛子をガバッと
あ、かかり過ぎちゃった。
いくつか表面の具を写真用に裏返したが
隠せないねえ。
  

Posted by 根岸冬生 at 00:39Comments(10)TrackBack(0)僕の食卓

2012年01月14日

ALWAYS昭和33年に僕は生れた。



ALWAYS三丁目の夕日が地上波で放送されました。
舞台は昭和33年――
それは僕が生まれた年の物語だ。
今の若者たちは、このALWAYS現象のようなものは嫌いだろう。
過ぎて行った世代のアナクロニズムだからな。
懐古趣味だったり時代錯誤と言われても微笑むしかない。
思い出すことは、一言でいって貧しかったんだよ。
庶民と言われる大多数はみんな貧しかった。
戦後貧しかったのは沖縄だけじゃない。
東京だって貧しかった。
そして貧しさは惨めさだった。
東京あたりは土着の江戸っ子と
地方からからの流れ者文化が混在していた。
夢を追ってなんてきれいなものじゃなく
絶望的な田舎から逃げるように流れてきた人々。
僕の両親もそうだ。
北から来る者は上野駅が終着駅。
そして東京東部の下町に住みつく。
僕は今でも覚えているよ。
東京下町の六畳一間の木造アパートに五人家族が寝ていたんだよ。
我が家は。
親父もお袋も故郷に帰るに帰れない。
金もなかったしな。
頼る者もいなかった。
だから小さな発展に国民が夢を見たんだ。
東京タワーも然り。南極観測船も然り。
吉永小百合の「キューポラのある町」なんか見ても
僕は切なくなってくる。
何て惨めな時代だったんだろうって。
だが、その時代の底流には
だからこそ肩寄せ合って生きるぬくもりに価値があって
今はこんなに苦しくても一生懸命生きていれば
お天道様は決して悪いようにはしないという
幻想的な信念めいた希望があったんだ。
真実は本当に惨めな時代という現実があって
それだからこそささやかな希望が生きる支えだったということだ。
そのクサさを僕は否定しない。
僕はあの時代はよかったなんて簡単には言わない。
でも僕らの時代はそのクサさが現実のどうしようもない時代だったのだ。
こんな映画が懐かしめるほど今は幸せになったということだ。

実は、恥ずかしながら眼を滲ませてしまったおじさんの一人です。
若い衆、笑ってはいけんよ。うふふ。

  

Posted by 根岸冬生 at 01:36Comments(16)TrackBack(0)僕の文化

2012年01月13日

ネコネコ会忠誠の証しのアジ御飯。

沖縄にはないセブンイレブンシリーズ第3弾はこれだぁ。
またか、と言ってはいけない。
生活が縮小されているためブログネタがこれしかないのだ。
許せ。



乗っているのは小松菜、おかか、ほぐし鯵。
「カルシウム愛」の弁当じゃん。
付け加えるなら、ネコが好きそうな弁当でもある。

しかし、今日、僕はふと歩いている足を止めた。
セブンイレブンは素敵だ。
だが、なぜ、鯵をほぐさなければならないんだ。
骨付き一匹をガブリとやれば良かろう。
ちょっと不満だな、俺。
まあ、すぐ骨の刺さる方」もおられるので親切っちゃあ親切ではある。
小骨に注意のシールもね。

昨日の夜のつもりで買ったが
食い損なって朝飯に。


  

Posted by 根岸冬生 at 12:50Comments(6)TrackBack(0)僕の食卓